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終わる世界とコンテンツ: 自分でゼロからCSSを書く時のおはなし。

getalog:

CSSの保守性と見通しを高めて、プロジェクトに対するモチベーションを維持するためにやってることをまとめてみました。

主にCSSを保守するのがめんどくさいという事に対する愚痴が書いてあります。完全な持論ですので「そんなの絶対おかしいよ!」と思う事、あると思います。つっこみお待ちしております。

簡単なまとめ

  • クラスで切るんじゃなくてメタ言語のMixin(Function)で切る
  • よく使う値は変数で管理する
  • Bootstrapを逃げ道にするのはやめよう

長いけどこれだけです。以下は時間がある人だけ読んでください。


前提

走れ♪高速の♪ダイオウグソクムシ♪唸れ♪衝撃の♪ダイオウグソクムシ♪
サイゼリヤでメシくってたら隣の女子学生が「カレシとケンカしたとき死ねって思いながらスマホの中のカレシの写メの腹のところを執拗にタッチペンでつつき続けたてたら3日後にカレシが急性腸炎で運ばれた。わたしの呪いかもしれない」っていうスマートすぎる丑の刻参りの話してて震えてる
熊の平均寿命は25~40年と言われています。リラックマは今年10歳なので人間に例えたら福山雅治さんになるのです。実に面白い。 http://t.co/aLmS7vvUKl

断言するが、文章を書くのに才能はいらない。「いい文章」の条件はたったの3つ。この3つさえ守っていれば、誰だって読みごたえのある記事を書ける。たぶん。


1.「謎」には「答え」がなければいけない。

2.「伏線」は「回収」されなければいけない。

3.「結論」には「驚き」がなければいけない。


意外なことに、プロのライターの文章でもこの条件を満たしていないことがある。なにが言いたいのか判らない散漫な記事を見かけたら、ぜひともこの3点を検証してほしい。まず間違いなく、どれか一つが欠けているはずだ。

非生産的な人が陥る8つの習慣
(1)食事を抜く
(2)休憩を取らずに1日働き続ける
(3)無計画に生活する
(4)電話やメールなどに気を取られる
(5)一つ一つのプロジェクトに部分的にしか集中しない
(6)人生の細かな事を行うのに必要な時間を考えない
(7)マルチタスク
(8)目標を立てない

Gunosy blog: ここ最近のGunosy関連の批判についての所感

gunosy:

初めまして。Gunosyのマーケティング担当の竹谷と申します。

※下部がきれてしまうというCSSマターの問題があったため同内容をはらせて頂いております。

http://bit.ly/10cRtX6

週末から、Gunosyに対する批判記事があり様々なユーザー様から質問を頂いているので簡単に所感を書かせて頂きたく思います。

ここまで大きな騒動になっているにも関わらず会社から何も出さないことは良くないと思いましたのでこの場を借りて所感を記載させて頂きます。

おそらく批判記事の内容を見ていると大きく分類して論点となるのは以下かと思います。

ソーラーカーというと太陽電池だけで走る究極のエコカーを夢見てしまいますが、そんなことができるぐらいなら、とっくに地球上の植物は走り回っているでしょう

人の感情に触れることができなくて、なんのための文章だろう。すべての単語、すべての文に論理性と情緒性の二面がある。論理面だけで文章を評価するのは、燃費だけで自動車を評価するようなもの。ドライブの楽しさをわかってない無粋な評価法だ。

言葉の持つ情緒面に注目し、細心の注意を払って配列を決めていく。この言葉を、この順番で読めば、読者はきっとこんな感情を抱くはずだ……と、予想しながらキーボードを叩く。文章を書くのは、読者の脳をプログラミングする作業だ。他人の書いたコードを研究しないプログラマはいない。他人の書いた文章を学ばずして、文章を書くのは不可能だ。



文章屋が仕事をしてるのは、キーボードを叩いてる時だけではない。

まず情報を集める段階がある。つぎに、集めた情報を組み合わせたり取捨選択したり……知識と格闘する段階がある。それから、情報をどのような順序で見せるか、文章の配列を決める段階があって、さらに文章の枝葉まである程度固めて……そこでようやく、キーボードに向かうことができる。文章屋がペンを握ったときには、もう作業の8割がたは終わっている。実際にキーボードを叩くのは、「文章を書く」という工程全体の5%ほどだ。

では、残りの15%は?:推敲と校正だ。

文章屋の仕事は、たぶん、そうでない人からすれば魔法のように見えるのだろう。キーボードをよどみなく叩いて、真っ白なページのうえに言葉を紡いでいく。「ゼロを1にする作業」だと思われて当然だ。しかし実際には、文章を書くのは「100を1にする作業」なのだ。




     ◆




だからと言って、キーボードを叩いてないときの文章屋が「なにもしてないように見えるけどインプットしてるの!がんばってるの!」と訴えるのは、ちょっと違うような気がする。寿司屋は寿司を握ってる瞬間しか仕事してないように見えるけど、「仕入れや鮮度管理もがんばってるの!」とは訴えない。

寿司屋は、寿司の味でしか評価されない。

文章屋は、書きあげた文章でしか評価されない。

そういうもんだよ。

節電で電気代が月額 500 だとかいう記事を読んだ相方が、「月にたった数千円払うだけで、これほど文明的な生活ができるとか、逆に東電に感謝したい」と言っていた。完全に同意である。

終わる世界とコンテンツ: 自分でゼロからCSSを書く時のおはなし。

getalog:

CSSの保守性と見通しを高めて、プロジェクトに対するモチベーションを維持するためにやってることをまとめてみました。

主にCSSを保守するのがめんどくさいという事に対する愚痴が書いてあります。完全な持論ですので「そんなの絶対おかしいよ!」と思う事、あると思います。つっこみお待ちしております。

簡単なまとめ

  • クラスで切るんじゃなくてメタ言語のMixin(Function)で切る
  • よく使う値は変数で管理する
  • Bootstrapを逃げ道にするのはやめよう

長いけどこれだけです。以下は時間がある人だけ読んでください。


前提

走れ♪高速の♪ダイオウグソクムシ♪唸れ♪衝撃の♪ダイオウグソクムシ♪
サイゼリヤでメシくってたら隣の女子学生が「カレシとケンカしたとき死ねって思いながらスマホの中のカレシの写メの腹のところを執拗にタッチペンでつつき続けたてたら3日後にカレシが急性腸炎で運ばれた。わたしの呪いかもしれない」っていうスマートすぎる丑の刻参りの話してて震えてる
熊の平均寿命は25~40年と言われています。リラックマは今年10歳なので人間に例えたら福山雅治さんになるのです。実に面白い。 http://t.co/aLmS7vvUKl

断言するが、文章を書くのに才能はいらない。「いい文章」の条件はたったの3つ。この3つさえ守っていれば、誰だって読みごたえのある記事を書ける。たぶん。


1.「謎」には「答え」がなければいけない。

2.「伏線」は「回収」されなければいけない。

3.「結論」には「驚き」がなければいけない。


意外なことに、プロのライターの文章でもこの条件を満たしていないことがある。なにが言いたいのか判らない散漫な記事を見かけたら、ぜひともこの3点を検証してほしい。まず間違いなく、どれか一つが欠けているはずだ。

非生産的な人が陥る8つの習慣
(1)食事を抜く
(2)休憩を取らずに1日働き続ける
(3)無計画に生活する
(4)電話やメールなどに気を取られる
(5)一つ一つのプロジェクトに部分的にしか集中しない
(6)人生の細かな事を行うのに必要な時間を考えない
(7)マルチタスク
(8)目標を立てない

Gunosy blog: ここ最近のGunosy関連の批判についての所感

gunosy:

初めまして。Gunosyのマーケティング担当の竹谷と申します。

※下部がきれてしまうというCSSマターの問題があったため同内容をはらせて頂いております。

http://bit.ly/10cRtX6

週末から、Gunosyに対する批判記事があり様々なユーザー様から質問を頂いているので簡単に所感を書かせて頂きたく思います。

ここまで大きな騒動になっているにも関わらず会社から何も出さないことは良くないと思いましたのでこの場を借りて所感を記載させて頂きます。

おそらく批判記事の内容を見ていると大きく分類して論点となるのは以下かと思います。

ソーラーカーというと太陽電池だけで走る究極のエコカーを夢見てしまいますが、そんなことができるぐらいなら、とっくに地球上の植物は走り回っているでしょう

人の感情に触れることができなくて、なんのための文章だろう。すべての単語、すべての文に論理性と情緒性の二面がある。論理面だけで文章を評価するのは、燃費だけで自動車を評価するようなもの。ドライブの楽しさをわかってない無粋な評価法だ。

言葉の持つ情緒面に注目し、細心の注意を払って配列を決めていく。この言葉を、この順番で読めば、読者はきっとこんな感情を抱くはずだ……と、予想しながらキーボードを叩く。文章を書くのは、読者の脳をプログラミングする作業だ。他人の書いたコードを研究しないプログラマはいない。他人の書いた文章を学ばずして、文章を書くのは不可能だ。



文章屋が仕事をしてるのは、キーボードを叩いてる時だけではない。

まず情報を集める段階がある。つぎに、集めた情報を組み合わせたり取捨選択したり……知識と格闘する段階がある。それから、情報をどのような順序で見せるか、文章の配列を決める段階があって、さらに文章の枝葉まである程度固めて……そこでようやく、キーボードに向かうことができる。文章屋がペンを握ったときには、もう作業の8割がたは終わっている。実際にキーボードを叩くのは、「文章を書く」という工程全体の5%ほどだ。

では、残りの15%は?:推敲と校正だ。

文章屋の仕事は、たぶん、そうでない人からすれば魔法のように見えるのだろう。キーボードをよどみなく叩いて、真っ白なページのうえに言葉を紡いでいく。「ゼロを1にする作業」だと思われて当然だ。しかし実際には、文章を書くのは「100を1にする作業」なのだ。




     ◆




だからと言って、キーボードを叩いてないときの文章屋が「なにもしてないように見えるけどインプットしてるの!がんばってるの!」と訴えるのは、ちょっと違うような気がする。寿司屋は寿司を握ってる瞬間しか仕事してないように見えるけど、「仕入れや鮮度管理もがんばってるの!」とは訴えない。

寿司屋は、寿司の味でしか評価されない。

文章屋は、書きあげた文章でしか評価されない。

そういうもんだよ。

節電で電気代が月額 500 だとかいう記事を読んだ相方が、「月にたった数千円払うだけで、これほど文明的な生活ができるとか、逆に東電に感謝したい」と言っていた。完全に同意である。
"走れ♪高速の♪ダイオウグソクムシ♪唸れ♪衝撃の♪ダイオウグソクムシ♪"
"サイゼリヤでメシくってたら隣の女子学生が「カレシとケンカしたとき死ねって思いながらスマホの中のカレシの写メの腹のところを執拗にタッチペンでつつき続けたてたら3日後にカレシが急性腸炎で運ばれた。わたしの呪いかもしれない」っていうスマートすぎる丑の刻参りの話してて震えてる"
"熊の平均寿命は25~40年と言われています。リラックマは今年10歳なので人間に例えたら福山雅治さんになるのです。実に面白い。 http://t.co/aLmS7vvUKl"
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断言するが、文章を書くのに才能はいらない。「いい文章」の条件はたったの3つ。この3つさえ守っていれば、誰だって読みごたえのある記事を書ける。たぶん。


1.「謎」には「答え」がなければいけない。

2.「伏線」は「回収」されなければいけない。

3.「結論」には「驚き」がなければいけない。


意外なことに、プロのライターの文章でもこの条件を満たしていないことがある。なにが言いたいのか判らない散漫な記事を見かけたら、ぜひともこの3点を検証してほしい。まず間違いなく、どれか一つが欠けているはずだ。

"
"非生産的な人が陥る8つの習慣
(1)食事を抜く
(2)休憩を取らずに1日働き続ける
(3)無計画に生活する
(4)電話やメールなどに気を取られる
(5)一つ一つのプロジェクトに部分的にしか集中しない
(6)人生の細かな事を行うのに必要な時間を考えない
(7)マルチタスク
(8)目標を立てない"
"ソーラーカーというと太陽電池だけで走る究極のエコカーを夢見てしまいますが、そんなことができるぐらいなら、とっくに地球上の植物は走り回っているでしょう"
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人の感情に触れることができなくて、なんのための文章だろう。すべての単語、すべての文に論理性と情緒性の二面がある。論理面だけで文章を評価するのは、燃費だけで自動車を評価するようなもの。ドライブの楽しさをわかってない無粋な評価法だ。

言葉の持つ情緒面に注目し、細心の注意を払って配列を決めていく。この言葉を、この順番で読めば、読者はきっとこんな感情を抱くはずだ……と、予想しながらキーボードを叩く。文章を書くのは、読者の脳をプログラミングする作業だ。他人の書いたコードを研究しないプログラマはいない。他人の書いた文章を学ばずして、文章を書くのは不可能だ。



文章屋が仕事をしてるのは、キーボードを叩いてる時だけではない。

まず情報を集める段階がある。つぎに、集めた情報を組み合わせたり取捨選択したり……知識と格闘する段階がある。それから、情報をどのような順序で見せるか、文章の配列を決める段階があって、さらに文章の枝葉まである程度固めて……そこでようやく、キーボードに向かうことができる。文章屋がペンを握ったときには、もう作業の8割がたは終わっている。実際にキーボードを叩くのは、「文章を書く」という工程全体の5%ほどだ。

では、残りの15%は?:推敲と校正だ。

文章屋の仕事は、たぶん、そうでない人からすれば魔法のように見えるのだろう。キーボードをよどみなく叩いて、真っ白なページのうえに言葉を紡いでいく。「ゼロを1にする作業」だと思われて当然だ。しかし実際には、文章を書くのは「100を1にする作業」なのだ。




     ◆




だからと言って、キーボードを叩いてないときの文章屋が「なにもしてないように見えるけどインプットしてるの!がんばってるの!」と訴えるのは、ちょっと違うような気がする。寿司屋は寿司を握ってる瞬間しか仕事してないように見えるけど、「仕入れや鮮度管理もがんばってるの!」とは訴えない。

寿司屋は、寿司の味でしか評価されない。

文章屋は、書きあげた文章でしか評価されない。

そういうもんだよ。

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"節電で電気代が月額 500 だとかいう記事を読んだ相方が、「月にたった数千円払うだけで、これほど文明的な生活ができるとか、逆に東電に感謝したい」と言っていた。完全に同意である。"

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